【第二話】グェン・トラン・フォク・アン「甲子園鮮烈デビューから、再び甲子園に舞い戻るまで」

グェン・トラン・フォク・アンの野球人生に密着

「人に圧倒された」甲子園デビュー、そして涙の敗戦

高校1年の夏、初めて甲子園のグラウンドに足を踏み入れた瞬間を、元東洋大姫路のアンさんは鮮明に記憶している。
「めちゃくちゃ広いし、地元っていうのもあるから、お客さんも全然違うし、人に圧倒されました」と、
そのスケールに圧倒されたと語る。

甲子園デビューとなった岐阜三田戦では、1年生ながら先発のマウンドを任された。
「5回ぐらい投げて2点取られたのかな。自分の中ではダメですけどね。やっぱゼロに抑えないと」
当時から一切妥協を許さない、投手としての厳しい自己評価を覗かせた。

順調に勝ち進んだ3回戦。
しかし、そこで立ちはだかったのは、寺原隼人擁する強豪・日南学園だった。
「ボロ負けですね。15対0ぐらい。めちゃくちゃ泣いた記憶しかない」と、大敗のショックを隠しきれないアンさん。
可愛がってくれた3年生との野球が終わってしまう寂しさから、人目をはばからず号泣したという。

華々しい舞台で注目を浴びる中、正直な気持ちも吐露した。
「天狗になってたつもりはないんですけど、今振り返ると“天狗だったんじゃないか”って言われるのかな」――。

栄光の裏で、若きエースが抱えていた葛藤が垣間見える。

キャプテンとしての覚悟と、圧倒的な自信

自分たちの代となり、アンさんはチームのキャプテンに就任する。
「ピッチャーはキャプテンはないと思ってたから、名前を呼ばれてびっくりした」と、その選出に驚きを隠せなかったという。
しかし、甲子園での経験を唯一持つ選手として、
自分だけ経験してるから同級生の子たちも甲子園でプレーしたいなっていう意識にはなりました」と、チームを牽引する自覚が芽生えた。

一時的に調子を落とす時期もあったが、3年生になるとアンさんのピッチングはまさに圧巻だった。
「基本兵庫県内では負けないって思ってました」と、当時の揺るぎない自信を語る。
県大会ではなんとノーヒットノーランまで達成。
「2点ぐらい取ってくれれば抑えられるかな、勝てるからって周りにも言ってた」と、勝負強さも持ち合わせていた。

しかし、近畿大会では智弁和歌山にコールド負けを喫し、「選抜やばいんじゃねえか」と危機感を覚えるも、なんとか選抜出場を決める。

精神的成長を遂げた選抜、そして伝説の試合へ

2003年の第75回センバツでは、初戦から岡山城東、鳴門工業を次々と撃破。
鳴門工業戦では「1安打で完封15奪三振、めちゃくちゃ良かったですね」と、自身のベストピッチングを振り返る。
3年生になり、甲子園での景色も大きく変わったという。
「全く緊張しなかったです。余裕持ってやれた」と、精神的な成長を語ったアンさん。

「とりあえず一戦一戦してやって勝つ、そういう気持ちでやっていました」と、
ひたむきに目の前の試合に集中していた彼の言葉からは、
甲子園という大舞台で得た「自信」と周りからの「重圧」、一度味わった聖地に再び舞い戻るための苦労が等身大で伝わってくる。

そして、その先には高校野球ファンに今でも語り継がれる、花咲徳栄高校との伝説の試合が待っていた。


次回、ついに2003年春の選抜、花咲徳栄とのあの「引き分け再試合」の舞台裏をアンさん自身が語る。
死闘の末に彼が見た景色とは、そしてその後の野球人生に与えた影響とは――。

第三話に続く>>>

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