
青藍泰斗高校野球部 青山尚緯監督の野球人生に密着
【青藍泰斗・青山尚緯監督】「実はサッカーがやりたかった」35年ぶりの甲子園へ導いた27歳の原点は“双子の絆”《第1話》
35年ぶりの悲願達成。2025年、夏の甲子園への切符を掴み取った青藍泰斗高校。
その快挙を成し遂げたのは、就任わずか2年目の青年指揮官、青山尚緯監督だ。
27歳という若さで名門を復活させた手腕に注目が集まるが、その野球人生は意外なエピソードから始まっていた。 「人間性を兼ね備えた常勝軍団を作りたい」 そう語る青山監督の原点には、常に「双子の弟」の存在があった。
今回、YouTubeチャンネル「アオバラch」は、若き名将の知られざるルーツに密着。 プロ野球選手への夢、恩師の一言、そして生徒と共に作り上げた改革。 青山監督が語った言葉には、新時代の指導者像が色濃く映し出されていた。
「双子で一緒に行ける場所を」― サッカー少年がバットを握った理由
「小学生時代は、本当はサッカーがやりたかったんです」 甲子園監督の口から出たのは、意外すぎる言葉だった。
父も祖父も野球経験者という野球一家。しかし、少年時代の青山氏の心を捉えていたのは白球ではなかった。それでも小学3年生で野球を始めた理由、それは他でもない「双子の兄弟」の存在だ。
「双子の兄弟が一緒に(野球を)行けるところっていうのが考えであって」 弟が野球をやりたがっていたこと。そして、二人で同じ道を歩みたかったこと。 その想いが、サッカーへの未練を断ち切らせた。
弟とバッテリーを組み、互いに切磋琢磨し合う日々。 「同じ進路を歩んできた」と懐かしむその表情からは、野球というスポーツを通じて育まれた、兄弟だけの強固な絆が垣間見える。 彼にとって野球とは、単なる競技ではなく、双子の弟と共に成長するための「共通言語」だったのだ。
恩師の予言と、生徒主導のユニフォーム改革。「唯一無二」への挑戦
高校球児として汗を流し、かつてはプロ野球選手を夢見ていた青山氏。 しかし、ある時転機が訪れる。恩師からかけられた何気ない一言だった。
「お前は、教員に向いていると思う」 その言葉が、彼を指導者への道へと導いた。
監督就任後、彼が着手したのはトップダウンの改革ではない。生徒の声を聞くことだった。 象徴的なのが、新ユニフォームのデザインだ。
「生徒たちの意見が一番かなっていうのがあったので、アンケートをとらしてもらって」 青色を基調とした「唯一無二」のデザイン。右肩に入った「葛生」の文字には、「地域の方々やOB・OGに力を貸してほしい」という切実な願いが込められている。
自分の理想を押し付けるのではなく、生徒や地域を巻き込み、共にチームを作り上げる。 その柔軟な姿勢こそが、35年もの間、閉ざされていた甲子園の扉を開く鍵となったのかもしれない。
恩師の言葉に従い教員となり、双子の弟との絆を胸に、生徒と共に夢を叶えた青山監督。 しかし、ここまではあくまで「監督・青山尚緯」の人間性の話だ。 「良い人」だけでは、勝負の世界で結果を残すことはできない。 就任2年で結果を出すために、彼はグラウンドで一体どんな指導を行っているのか。 35年ぶりの歓喜を生み出した、青藍泰斗の「強さの秘密」とは――。















